所属:TOKIOインカラミ(監督)
パルクールの映像に衝撃を覚えてトレーサーに
小学生の頃からジャッキー・チェンのアクション映画が好きだったYUUTAROU選手。
高校生の頃、YouTubeでパルクールの映像を見たことをきっかけにパルクールにのめり込む。
その日から友達と一緒にパルクールの練習を開始し、「やってみたら難しい…」と感じ、のめり込んでいった。
その後はスピードラン部門にて、日本代表として世界大会への出場。
また、競技者としてだけでなく、世界大会で解説も任されるほど日本のパルクールシーンでは重要なポストの一人。
元祖パルクール「YAMAKASHI」の元で修行
10 代で本場フランスにてパルクールの創始者である 『ヤマカシ』の元で修行を詰む。
技術的な練習はもとより、体と心を鍛えるためのパルクールの真髄を学ぶ。
フランスで元祖パルクールに触れたことで、日本でパルクール文化の普及を志す。
日本最大級のパルクール専用施設を設立
フランスでの修行を経て、練習場所がないことや指導者がいないことなど、日本のパルクールへのレベルや認知を高めるべく、日本最大級のパルクール専用施設を東京に設立。
それこそが「MISSION PARKOUR PARK TOKYO」。
幅広い年代へ指導をするとともに、パルクールの普及活動のためメディアへの出演や、自身でもカメラマンや動画クリエイターになるなど、日本のパルクールシーンを牽引している。
参考サイト
【YUUTAROU × Xperia 特別インタビュー】アンバサダーに就任したYUUTAROUが語るパルクールシーンの軌跡とクリエイティビティ | FINEPLAY
スペシャルインタビュー“YUUTAROU x 898 x Atsushi Sasaki”「パルクールが日本を変える」